東京地方裁判所 昭和57年(刑わ)2769号
主文
被告人を懲役1年2月に処する。
この裁判の確定した日から3年間右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)(以下編略)
(弁護人らの公訴棄却の申立に対する判断)
一 弁護人らの主張の要旨
弁護人らは、本件公訴提起に至る手続の中には以下に記載する種々の違法があり、本件公訴は公訴棄却ないし免訴されるべきである旨主張する。
すなわち、
1 逆送、再送致、再逆送各手続における違法
(一) 本件公訴提起に至る手続をみると、本件公訴事実と同一事実を非行事実として検察官から送致された被告人に対する窃盗保護事件につき、東京家庭裁判所は、昭和57年7月29日、東京地方検察庁検察官に送致する旨の決定(以下「本件逆送決定」という。)をし、これに対し東京地方検察庁検察官は、右非行事実中本件公訴事実第一の一の事実に相当する事実を除いた残りの事実につき、同年8月7日、再び東京家庭裁判所に送致(以下「本件再送致」という。)し、更に東京家庭裁判所は、同年9月16日、右事件を再び東京地方検察庁検察官に送致する旨の決定(以下「本件再逆送決定」という。)をなしたという経緯を述つており、これらの手続には次に述べる違法がある。
(二) 本件逆送決定は、非行事実の存在について疑問を抱きながら、その真相解明を対審手続による刑事裁判に求めるためになされたものであつて、少年法20条に定める「罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるとき」という要件に該当しない違法な逆送決定である。
(三) 本件再送致は、一見、少年法45条5号但書の「送致後の情況により訴追を相当でないと思料する」ことを理由とするかのようではあるが、その実質的照由はアリバイ等の中立に対する裏付け捜査の未了ということであり、結局公訴を提起するに足りる嫌疑が再送致時点では不十分であるということであつて、「送致後の情況」に該当しない事由であり、嫌疑不十分で送致から除外した事実については、なお捜査を継続していたことからすると、本件再送致は結局右一部事実につき処分を保留するというものであつて、このような理由に基づく再送致は違法である。
(四) (三)記載の如く違法で無効な再送致に対しては、手続違反として審判不開始にすべきであり、仮に違法な再送致も有効であるとしても、本件の如く実質上、嫌疑の点で起訴不相当として再送致された場合には、家庭裁判所は検察官の判断を尊重して再逆送できないというべきであり、また本件のように再逆送による手続の遅延が著しく少年に悪影響をもたらす場合には再逆送はできないものというべきであつて、いずれにしても、本件再逆送決定は違法である。
さらに、本件再逆送決定は非行事実の嫌疑の程度、刑事処分相当性の理由について、前記(二)の本件逆送決定とは異なつた認定をしているにも拘らず、調査もせず、審判を開いて少年(被告人)、附添人の意見を十分聴くこともなく、再逆送したものであつて、憲法31条、少年法20条の趣旨に反する違法な決定というべきである。
(五) 本件公訴は右(四)記載の本件再逆送決定を受けて提起されたものであるところ、右再逆送決定は、それ自体、(四)記載の違法がある上、前記(二)、(三)の各違法性を承継しており、かかる違法な再逆送決定に基づいて提起された公訴は無効であつて棄却されるべきである。
2 全件送致主義違反
捜査官は、被告人の自白したとする約30件の連続ひつたくり事件(本件公訴事実第一の各事実もこの中に含まれる。)について、嫌疑の程度に差がないにも拘らず、そのうちの一部である19件のみを家庭裁判所に送致し、右事件は、昭和57年1月28日、東京家庭裁判所において非行事実なしとして不処分となつた。その後、その余の事件についてさらに捜査がなされ、本件公訴もなされたという経緯からすれば、捜査官による右処理は、家庭裁判所による早期発見・早期治療をはからうとする、少年法の根幹ともいえる全件送致主義に反するものであり、その結果、被告人は同時に不処分となりえたという利益を失い、再び事件を蒸し返されるという不利益を受けたものであつて、かかる捜査段階の重大な手続違背がある以上、公訴提起自体はいかに法定の手続を踏んでいたとしても、その公訴は違法・無効というべきであり、本件公訴事実中第一の各事実については公訴棄却されるべきである。
3 一事不再理(二重の危険)違反
本件公訴事実第一の各事実も、右2記載の不処分決定を受けた事件もそれぞれ一連の連続ひつたくり事件とされるもののうちの一部であり、少年事件においては処分の際要保護性の判断資料となりえたか否かという観点からも事件の同一性を考えるべきであるという考え方からすれば、本件公訴事実第一の各事実は、右不処分となつた19件の事件と同一性を認めるべきであり、右2記載の如く、同時に送致され、ていれば一括して不処分となつたことが推測されるものである以上、本件公訴事実第一の各事実の公訴提起は、右不処分決定に認められると解すべき一事不再理効に抵触するとともに、右事実の捜査、家庭裁判所送致、公訴提起という経緯は二重の危険にあたるというべきであつて、本件公訴事実第一の各事実については免訴もしくは公訴棄却されるべきである。
二 当裁判所の判断
1 弁護人の主張1について
(一) 関係各証拠によると、本件が東京家庭裁判所から東京地方検察庁の検察官に送致された以後公訴提起に至るまでの客観的経過は、ほぼ弁護人の主張のとおりである。ところで、昭和57年7月29日付検察官への本件逆送決定の要旨は、「少年(被告人を指す。)は(本件公訴)事実のうち第一の各事実については一貫して頑強にその犯行を否認しているが、共犯者Aが具体的かつ詳細に供述しており、その供述を裏付ける証拠も存在しており、その事実は一応認められる。しかし、これら各証拠も附添人提出の証拠と対比すると、なお解明すべき疑点が生じており、特に証拠上重要視すべき被害品の一部とされているものが、はたして被害者のものと一致するかどうかについては疑わしいものがあり、審理の経緯に徴すると、これらは対審手続による刑事裁判によつて事案の真相を明らかにして罪責の有無を明確にすることが相当である。その他本件は窃盗ではあるが、一部は夜間自動二輪車を使用しての、ひつたくりという事案であつて、しかも保護観察中の犯行であることなどの罪質および情状に照して刑事処分を相当と認める」というものである。次に東京地方検察庁検察官は、同年8月7日、逆送を受けた右各事実のうち本件公訴事実第一の一の事実を除く各事実を東京家庭裁判所へ再送致しているが、その再送致の理由の要旨は、「送致後の情況により訴追を相当でないと思料する。即ち、本件公訴事実第一の一の事実については、被疑者(被告人を指す。以下同じ。)から審判の過程で新たにアリバイ等の申立てがなされており、これについて関係人の取調等の裏付け捜査が未了であるため現段階で訴追することは相当でないと思料するところ、右事実は、被疑者の検察官送致となつた犯罪事実中、情状の上で中心となるべき非行の一部であり、その余の被疑事実をもつて刑事処分に付するのは必ずしも相当でなく、被疑者については少年院送致処分に付するを相当と認め、本件を東京家庭裁判所に送致する」というものである。東京家庭裁判所は、右送致を受けた時点で被告人の身柄を釈放した上で、同年9月16日、右事件を再び東京地方検察庁へ逆送したが、その理由の要旨は、「本件バイク盗(本件公訴事実第二の事実を指す。)については、少年(被告人を指す。以下同じ)は、当初頑強にこれを否認し、捜査官に対して極めて挑戦的な態度を持していたもので、その後自供に至つてはいるものの、共犯者(C)の供述との間にかなりの喰違いがあつて、自らの刑責を減じようとする意図が窺える。また、本件部品盗(本件公訴事実第三の事実を指す。)は、本件バイク盗での共犯者(C)が当該事件で身柄が拘束されるや、その間にその者のバイクを大胆にも白昼工具を用いて解体しチエーン等を盗取したものであるところ、少年は検察官に対して借りたに過ぎないと供述しているものである。これら両件はいずれも情状悪質であつて、少年の年齢、前歴、資質に照らし、刑事処分によつてその責任を明らかにするべきものと思料する。
また、本件ひつたくり(本件公訴事実第一の二、三の事実を指す。)については、共犯者Aの具体的且つ詳細な供述調書があり、同調書の信用性は十分に高い。付添人らから指摘されている種々の疑問点も、同調書の信用性を揺るがすに足りないものと思料する。その後の補充捜査によつて、同調書に基づき焼却炉から発見された物品がひつたくりの被害者の物であること等も裏付けられた以上、少年に対する嫌疑は十分で、これも公訴を提起するに足りるものであると思料する。しかるに、少年は、ひつたくりを頑強に否認し、終始徹底して争う姿勢を貫いているものであつて、情状は極めて悪質である。夜間単独通行中の女性を狙つてのバイクによるひつたくりという罪質に照らし、これについても刑事裁判手続によつて少年の責任を明らかにし、バイク盗、部品盗と共に刑事処分に付するのが相当である」というものである。
(二) 以上の経過が示すとおり、東京家庭裁判所と東京地方検察庁との間で少年である被告人の処遇をめぐつて見解が対立し、事件が相互で往復する結果となつたことは、理由はどうであれ、本件の処理について、望ましい事態ではないが、弁護人は、東京家庭裁判所の東京地方検察庁検察官に対する前記逆送決定及び再逆送決定について、その理由中で判断されている事項に関し、一定の解釈評価を下した上、少年法20条の解釈ないし少年法所定の審判手続の解釈についての一定の見解に立つて、右各逆送決定を論難するものであつて、右解釈評価及び見解の当否はしばらく措くとして、右各逆送決定の内容、形式、決定の経過等に照らして、右各逆送決定そのものを当然無効ならしめる瑕疵があるものとは認められず、またその間の東京地方検察庁検察官の東京家庭裁判所への再送致は、その理由において、少年法45条5号但書所定の要件を具備するものか疑義があるが、それが直ちに再送致手続そのものを無効ならしめ、審判手続の欠缺を来すものとは認められない。そうすると、本件各公訴事実について、少年法20条所定の逆送決定が存在するものと言うべきであり、本件公訴提起は右逆送決定に基づく適法なものであり、これと異なる前提に立つ弁護人の主張は採用できない。
2 弁護人の主張2について
(一) 関係各証拠によると、被告人に対する窃盗(ひつたくり)保護事件が東京家庭裁判所で不処分とされた経過及び本件公訴事実第一の各事実が再捜査され、同裁判所へ送致された経過は、次のとおりである。
昭和56年秋、東京都練馬区、豊島区、板橋区等で、オートバイを使用して女性を狙うひつたくり事件が連続して25件くらい発生した。警視庁石神井署は専属班を設け捜査する過程で、被告人に対する疑いを深め、同年12月25日、被告人を窃盗の嫌疑で逮捕した。被告人は合計25件から30件位のひつたくりを単独でまたは共犯者とした旨自白したが、石神井署は、被告人が自白した事件のうち、具体的に自白し、かつ裏付け証拠のあるもの19件(発生日時が昭和56年10月16日から同年12月19日までの事実。その中には11月13日、本件公訴事実第一の一の直前に発生した2件の事実を含む。)を東京地方検察庁検察官に送致し、被告人の記憶が明確でない事実について、送致を留保した。同庁検察官は、昭和57年1月14日、右送致を受けた各事実を東京家庭裁判所に送致し、同家庭裁判所は、同年1月28日、右各事実について、審判の結果、被告人の自白は信用できない等を理由に、いずれも被告人の犯行とは認められないとして不処分にした。石神井署は、右不処分決定以後も前記未送致自白事件の捜査を継続し、被告人の供述する共犯者「D」の特定に努めた結果、それがAであることが判明し、同人の所在捜査をしているうち、同年3月20日、東京都新宿区でAを発見、保護し、その後のAの取調から、Aが被告人と共同して本件公訴事実第一の各事実(本件公訴事実第一の一と同日に発生し、既に被告人の関係で不処分となつている2件の事実を含む。)を犯した旨具体的供述を得た。石神井署は、同年6月14日、本件公訴事実第二の事実につき、被告人を逮捕、勾留した上、本件公訴事実第一の一ないし三、第三の各事実を併せて、東京地方検察庁検察官に送致し、同庁検察官は、同年7月5日、右各事件を東京家庭裁判所に送致した。
(二) 以上の経過が示すとおり、石神井署が本件公訴事実第一の各事実について、被告人を送致するに至つたのは、共犯者Aの特定判明、捜査による具体的供述を得た結果であつて、その間の捜査に何ら不自然な点は認められないから、これと異なる前提に立つて、全件送致主義に反する旨主張する弁護人の主張は、採用することができない。
3 弁護人の主張3について
前記2(一)で判断した経過が示すとおり、被告人が東京家庭裁判所で不処分となつた事実と本件公訴事実第一の各事実は、社会的事実として一連の事実であるとしても、それぞれ被害者を異にして別個に発生した事実として、併合罪関係に立つものである。そうすると右不処分決定のなされた各事実と本件公訴事実第一の各事実の間に同一性があることを前提とする弁護人の主張は、採用することができない。
(法令の適用)(以下省略)